そういえば、恐怖を乗り越えて柔術を始めたあの日のブログは書きましたが、その後どんな柔術ライフを送っていったか、書くのを忘れておりました。

(柔術を始めた時のブログはこちら)

話が長くなるので、最初の試合に出るまでくらいを何回かにまとめて書いていきたいと思います。

   

柔術を始めてから、最初はペースがわからなかったので、週に1回くらいのペースで通いました。1回の稽古でもとても満足いく内容で、だんだん技を覚えていくのが楽しくてしょうがなかったです。

そしてスパーリングができるようになってくると、だんだん週1回から週2回になり、一時期は毎日通うようになりました。

3ヶ月くらい通っていると、だんだん通勤時間中にすれ違う人に脳内でタックルを喰らわしたり、寝ている奥さんに脳内で腕十字をかけたり、生活が柔術に染まっていきました。(子供は生後4ヶ月くらい)

ただ、ここでちょっとした落とし穴がありました。

張り切って毎日通ってしまい、身体がついてこなくなったのです。具体的に言うと、毎回の練習後に肘が猛烈に痛くなり、曲げられないほどになってしまいました。

自分の体質的に関節に炎症を起こしやすいらしく、終いには膝まで痛くなるようになり、激痛で眠れないほどになってしまいました。

産後間も無く勝手に柔術を始め、勝手に夜中痛がってモンドリうっている旦那を横目で見て、妻は何を思っていたのでしょうか?

ある日、「そんなに痛いなら、ちょっと休めば?」と妻に冷ややかに言われ、確かに、私はプロでもないし、おじさんだし、勝手にやってるだけなのに、何故の使命感で毎日通っているんだろうと疑問になり、急にアホらしくなってペースを落とすことにしました。

健全なペースに落とすと、今度は柔術を考える時間や余裕が増え、先日紹介した柔術ノートに、次の課題ややりたい事もまとめるようになりました。

(柔術ノートのブログはこちら。)

得意技を見つけた方がいいと言われ、柔術に行かないときはノートを見ながら気に入った技を見て、どれを得意技にしようかとチューハイ片手に悩んでみたりして、オンもオフも柔術のことで頭がいっぱいになりました。

(今だに得意技をどうしようか悩んでます。笑)

半年もすると、新しく入ってきた人には負けなくなってきたり、先に入っている白帯の人たちともスパーリングできるようになってきたりして、どんどん柔術が楽しくなっていきました。

そんな中、代表から「他道場との練習試合に出てみませんか?」と言われました。

私自身、半年くらいですがだんだん上手くなってきて、多少腕に自信もついてきて調子に乗っていたのもありましたので、快く「出ます!」と返事をしました。

練習試合とはいえ、試合は試合です。

試合が決まってからは、道場に練習にいくと模擬試合みたいなのをやり、試合の雰囲気に慣れる練習をしました。

先生がいきなり、道場のみんなを周りに集め中央を開けて、私ともう一人試合に出る同期の白帯の人を中央に呼び、「今から試合をしてもらいます」みたいなことを言いました。

バトルロ◯イヤル的なノリになってきて、ちょっと恐怖を覚えました。

するとレフリー的な人が私たちの間に立ち、「コンマッチ」だか「コンバッチ」と叫んで、試合が始まります。

試合になると、周りの道場の仲間が「クロスに入れて!」「その右足掴んで!」などアドバイスをくれて、その通りになるべく動くように努力しました。(中には、『そんなこと今できないよ!』と思うようなアドバイスもありましたが。笑)

試合が終わると「パオーン」だか「パロー」だかレフリー叫び、試合が止められます。

そうすると、勝った方の手をレフリーが高々と挙げ、勝敗が決定します。

道場の知った仲間とはいえ、道場内で試合形式でやってみると、また違った緊張感があって面白かったです。日頃のスパーリングよりも疲れたのをよく覚えております。

「これが格闘技の試合なのか〜」と感慨深い気持ちになりました。

そして、だんだん練習試合の日が近づいてくると、「頑張ってくださいね!」や「いけますよ!」とか声をかけられるようになり、なんか段々本当に緊張してきてしまい、試合の前日は眠れないくらい緊張したのを覚えてます。

  

    

   

そして、いよいよ初の試合に行く日になりました。

    

(続く)